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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)367号 判決 2000年5月16日

原告

ポワレ フランス エス.アー.

代表者

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

被告

特許庁長官【C】

指定代理人

【D】

【E】

【F】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成8年審判第5667号事件について平成11年7月9日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成6年3月29日、意匠に係る物品を「ペンダント又はブローチ」とし、その形態を別紙1審決書の理由の写しの別紙記載のとおりとする意匠(以下「本願意匠」という。)について意匠登録出願(意願平6-8478号)をし、平成8年1月8日付け手続補正書で意匠に係る物品を「装身用下げ飾り」に補正したが、同年2月27日に拒絶査定を受けたので、同年4月19日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成8年審判第5667号事件として審理したうえ、平成11年7月9日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月26日、原告に送達された。なお、出訴期間として90日が付加された。

2  審決の理由の要点

審決の理由は、別紙1審決書の理由の写し記載のとおりである。要するに、本願意匠は、広く知られた形状及びありふれた手法に基づいて構成されたものにすぎず、出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において広く知られた形状に基づいて容易に創作することができたものであると認められるから、意匠法3条2項に該当し意匠登録を受けることができない、としたものである。

3  本願意匠の概要

本願意匠は、ハート形状のプレートに、ハート形の中心線上で略4分の1の長さに設定された相似形のハート形の孔を入れ子状に設けている。本願意匠では、チェーン等を取り付けるためのリングを設けておらず、上記ハート形の孔がチェーンやピンを通して装身用下げ飾りを吊り下げるための孔として機能するものとされている。上記孔は、その下端がプレート全体の中央となるように上寄りの位置に配置されている。

第3原告主張の審決取消事由の要点

本願意匠は、広く知られた形状及びありふれた手法に基づいて構成された意匠ではなく、次に述べるとおり、意匠権の根拠となる創作性を有しているから、これを否定した審決は、認定判断を誤ったものとして取り消されるべきである。

1  ハート形とは、一般に「心臓をかたどったかたち」を意味し、そこでは、幾何学的図形とは異なり、ハートの図形を構成する線の縦横の比率や上下のV形状の角度、上部の辺の湾曲度、側方の辺の湾曲の有無等についての決まりはないから、これらにつき、具体的にどのような構成を採用するかの点に、意匠としての創作性が発現され得る。また、二つのハート形を組み合わせることにも、その具体的な組合せ方にも、上記創作性は発現され得る。

これを本願意匠についてみると、別紙2記載の図のとおり、①プレートの縦の長さを1とすると横幅は約1であり、これに対して孔は4分の1の長さ、約4分の1の横幅に設定され、②孔は同図で一点鎖線で示すプレートの中心線に沿って4分の1下がった位置に配置されており、プレートの縦方向の2分の1の個所すなわち中央に、孔の下端のV形状先端が位置するように形成され、③プレートのハート形の上部のV形状と孔のハート形の上下のV形状からなる3つのV形状は、約2:3(6:8)の間隔となっており、略等間隔で接近して連続した模様をなしつつ、プレートの縦方向の上半分に収まっているから、各ハート形の形状及びこれらを組み合わせた際の形状は、装飾的意図の下に創作したものであり、かつ、そこには意匠権に値する創作性が発現されているものというべきである。

2  審決は、装身用下げ飾りにおいて、基本形状に周知形状であるハート形の薄板を表し、それに入れ子状にハート形の孔を設けたものが本願出願前にごく普通にみられるとする。

しかしながら、本願意匠は、ハート形の孔にチェーンやピンを通して吊り下げて使用に供するものに係るものであるので、ここにおいては、孔の形状が装身用下げ具を着用する際の下げ具の姿勢を決定する機能を有する重要な要素になるのに対し、審決が公知意匠として指摘する別紙3中の各意匠(以下「公知意匠」という。)のうち、チェーンを取り付けるためのリングを設けたもの(P414.12ct、P406.16ct、1779等)においては、ハート形の孔の形状は何の機能も有しない単なる模様であるにすぎず、本願意匠とは孔の機能が異なる。

また、孔にチェーンやピンを通して吊り下げて使用に供する場合、着用時にピンやチェーンが孔の上部のV形状を避けて上部の湾曲部分に掛かり、かつV形状に拘束されながらプレートを支持することになるため、ピンやチェーンが装身用下げ具を支持する位置は孔のハート形状によって決定され、孔のハート形状が小さいとチェーンが通りにくくなるし、大きいと支持位置が不安定になる。このため、本願意匠では安定を保つための機能も考慮して孔のハート形状が創作されている。これに対し、公知意匠のうち、ハート形の孔にチェーンやピンを通して吊り下げて使用に供しうるもの(P451、P485、P430等)においては、ハート形の孔は、本願意匠の孔のような入れ子状の模様ではなく、プレートの外周に沿って大きく形成されていて、下げ具のハート枠の輪郭を形成するためのものとして開示されているにすぎず、装身用下げ具の安定を保つための機能は考慮されていない。

したがって、孔にチェーンやピンを通して吊り下げるこの種商品分野において、基本形状に周知形状を表し、チェーンやピンを通すために同形の孔を入れ子状に設けることが、極めて普通に行われているということはできない。

3  審決は、公知意匠中に、ハート形の中心線上の同心位置あるいは同心位置から上下のいずれか一方寄りの位置に孔を設けたものがごく普通に見られ、また全体の大きさに対する孔の大きさの比率も種々のものがみられるとしている。しかしながら、前記公知意匠(P451、P485、P430等)は、いずれも上記2で述べた機能を有するデザイン上の創作がされていない点において、本願意匠と異なる。

4  なお、本願意匠は、DM/027 431号として1993年9月30日付けで国際寄託意匠として登録された。また、タイ国において意匠特許第4745号として1995年10月20日付けで登録されている。

第4被告の反論

審決の認定判断は、いずれも正当であって、審決を取り消すべき理由はない。

1  原告の主張1は、構成された意匠の結果に対する原告の単なる一つの見方を述べているにすぎず、そのような見方は公知意匠においても可能であるから、本願意匠の要旨認定として適当でない。すなわち、意匠法2条において定義された「模様」とは、積極的な装飾意図に基づくものないし相当の装飾的視覚効果のあるものが表出されたものと一般に解されているのに、本願意匠におけるプレートと孔の構成程度のものは、到底、「ハート形の3か所のV形状が略等間隔で近接して連続した模様」を施した意匠などど一般に認識されるものではないから、これを意匠法上の「模様」と認めることはできない。

2  装身用下げ飾りにおいては、吊り下げ用リングの有無を問わず、ハート形に入れ子状のハートの孔を設けたものは極めて普通に行われている。なお、本願意匠のように吊り下げ用リングを設けない装身用下げ飾りの方が、歴史的にみても、例えば我が国古代の勾玉の例からしても、よりありふれたものであることが明らかであるから、吊り下げ用リングを設けたものよりも容易な創作というべきである。

また、「入れ子」とは、「箱などを大きなものから小さなものへ順次に重ねて組み入れたもの」であって、内側のものが外側のそれと相似形であれば、その大きさは大小いろいろありうるのであるから、孔が大きいからといって、それが入れ子状ではない、ということはできない。

3  審決が引用する公知意匠の中には、「同心位置に孔を設けたもの」(別紙3のP414、P406)も「同心位置から上下のいずれか一方寄りの位置に孔を設けたもの」(同P451、P485、1779)もあり、これらの公知意匠には、「全体の大きさに対する種々の比率の孔の大きさのもの」があるから、審決が、これら公知意匠に基づき、本願意匠につき単に周知形状のハート形の中心線上に同形の孔を設けたのみのものであって、広く知られた形状及びありふれた手法に基づいて構成されたにすぎないと判断した点に誤りはない。

4  へーグ協定にかかる国際寄託証明については、それに記載された登録対象国の10か国(地域)は、すべて無審査主義国であるから、本件については何ら比較の対象にならない。

また、タイ国は審査主義国であるが、その審査基準を我が国のそれと比較することは困難である。

第5当裁判所の判断

原告は、本願意匠は、広く知られた形状及びありふれた手法に基づいて構成された意匠ではなく、これを構成する各ハート形の形状及びこれらを組み合わせた際の形状において、意匠権に値する創作性を有するものであるから、意匠法3条2項に該当しないと主張する。

1  まず、本願意匠で採用されているハート形につき検討する。

ハート形という形状が、一般に日本国内において公然知られた周知の形状であることは明らかであるから、本願意匠における各ハート形が意匠権を根拠付ける創作性を具えるためには、ハート形自体としてありふれたものであってはならないことは自明というべきである。ところが、本願意匠に用いられている各ハート形の形状は一見してごくありふれたものであって、その形状自体に特段の創作性を見いだすことはできない。

2  次に、甲第3号証によれば、日本洋書販売配給株式会社が日本国内において発売したカタログである「ニューヨーク宝飾のすべて1985年」(別紙3はその抜粋である。)には、ハート形のプレートに同形の孔を入れ子状に設けた意匠が複数掲載されていることが認められ、同事実によれば、本願意匠に用いられているハート形を組み合わせた手法は容易に考えつくことができるものであるということができる。

この点につき、原告は、本願意匠では、上記公知意匠におけるのとは異なり、プレートと孔のハート形の3か所のV形状が略等間隔で接近して連続した模様を形成しつつプレートの縦方向の上半分に収まっていることから、このようなハート形を組み合わせた際の形状には創作性がある旨主張するけれども、その程度のハート形の組合せをすることに格別の困難があるとは認められないから、採用できない。

3  原告は、本願意匠においては、ハート形の孔にチェーンやピンを通して吊り下げて使用するので、孔の形状が装身用下げ具を着用する際の下げ具の姿勢を決定する機能を有する重要な要素になるとしたうえで、前記認定に係る公知意匠のうちチェーン等を取り付けるためのリングを設けたものと本願意匠とでは孔の機能が異なり、また公知意匠のうち孔にチェーンを通して吊り下げて使用に供しうるものについては、孔が大きく装身用下げ具の安定を保つための機能が考慮されていない点において本願意匠とは異なる旨主張する。しかしながら、チェーン取付用のリングを設けなかったことが本願意匠に創作性をもたらすものとは到底解することができず、また、本願意匠と公知意匠のうち孔にチェーンを通すものとの間において、孔の大きさによって吊り下げた際の下げ具の姿勢に何らかの美感上の差異が生じるとしても、このような効果を導くために孔の大きさを種々調節することが格別困難なことであるとは認められない。したがって、上記のような機能の差異を根拠に本件意匠の創作性をいう原告の主張は失当である。

4  その他、本願意匠を構成する各ハート形の形状についても、これらを組み合わせた際の形状についても、意匠権の根拠となる創作性を認めるための資料は、本件全資料を検討しても見いだすことができない。

5  なお、原告は、本願意匠が国際寄託意匠として登録され、また、タイ国でも意匠登録されている旨主張し、甲第4、第5号証によれば同事実が認められる。しかしながら、甲第4号証及び弁論の全趣旨によれば、ヘーグ協定にかかる国際寄託証明については、それに記載された登録対象国(地域)が、すべて無審査主義国であることが認められ、また、タイ国における意匠登録(甲第5号証)については、その審査基準及び判断理由が明らかでないことから、上記各登録の事実をもって、本願意匠の創作性の根拠とすることはできない。

6  以上によれば、本願意匠は、その属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において公然知られた形状に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものということができる。したがって、本願意匠が意匠法3条2項に規定する意匠に該当し、意匠登録を受けることができないとした審決は正当である。

第6よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 宍戸充 裁判官 阿部正幸)

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